2017.5.14

「コミュニケーションと脳科学」

かつて「ひと目会ったその日から」なんていう魅惑的なフレーズが流行りました。目は口ほどにものをいう器官なのだから、その魅力を存分に発揮したいところ。「ひとの目を見て話しなさい」とはよく言われます。それが相手への誠意の表れであり、そうすることで相手も安心し、結局は自分の好感度も上がる、というのがその理由のひとつです。「忙」という漢字は「忄(=心)」に「亡」と書くように、忙しいときには心がどこかに行ってしまいがち。しかし医療従事者たるもの、病気や怪我で困っている患者さんと面と向かうときは笑顔でいたいものです。 相手の目を見て笑顔で接する―これでお互いが気分よく過ごせるのなら、ぜひともそうしたいもの。コミュニケーションは、今では医療従事者の大切な役割のひとつであり、患者さんの抱える問題の発見や、自身の存在感、信頼感のアップにもつながります。そして、患者さんだけではなく、同僚との円滑なコミュニケーションは働きやすい職場づくりにも欠かせません。。昔は「目は口ほどにものを言う」だったのですが、いまや「脳は、さらにものを言う」のです。

権威ある学術誌『Nature』には、「目が合うこと」と「好感度」、そして「その時の脳活動」を調べた次のような実験結果が報告されています。注目したのは、脳の「報酬系の神経ネットワーク」。このネットワークは、「ご褒美」を期待したときに活動が高くなることが知られています。もうすぐ「報酬」が手に入ると想像した時には盛んに活動しているというわけです。
実験では、視線がこちらに向いて、目が合っているときの脳活動を調べています。すると、脳では報酬系の神経ネットワークが盛んに活動していたとのこと。「脳で報酬系が活動する=ご褒美に感じる」となることから、その人の視線は、脳でも「ご褒美」になっていたのが分かります。相手の顔に魅力を感じていようがいまいが、つまり好みのタイプか否かに関わらず、目が合った瞬間に脳の報酬系は活動を始めていました。

そしてもう一つ大切な事は「笑顔」です。笑顔は万難を排するものでもありますから、素敵な笑顔には多くの人が引き寄せられます。私たちの日常は気分の良いことばかりではないので、いつも笑顔でいることはなかなか難しいことでもあります。しかし、最初は作り笑顔であったとしても、それが引き金になって、真の笑顔が引き出されるのもままあること。できるだけ意識的に笑顔でいることを心がけるのがよいでしょう。笑顔がよいとはいうけれど、自分の笑顔は果たしてどこまで届いているのでしょうか。もちろん、話をしている相手には、その笑顔の魅力は飛んでいきます。脳には「ミラーシステム」という、目の前のことを自分のことのように感じる仕組みが備わっていますから、あなたの笑顔を見た相手は、いかにも自分が笑顔になる場面にいるかのような感覚になるのです。確かに笑顔や笑いは、相手の脳の報酬系を活動させることも知られています。
会話の途中で笑顔を作ってみましょう。すると、不思議と相手の笑顔も引き出せることが多いと気づくはずです。とはいえ、病院を訪れる患者さんは、得てして体調が芳しくないもの。カウンターで満面の笑顔を見せることは、さすがに少ないかもしれません。しかし、その脳や心にはしっかりと「笑顔のご褒美」が届いているはずです。

そして、もうひとつの「笑顔のゆくえ」があります。それは笑顔を作った本人。皆さん自身です。「悲しいから泣くのではない。泣くから悲しいのだ」――心理学者ジェームズとランゲの名言です。これは脳の活動性に鑑みてもまさにその通りで、泣いている自分を認識した時点で悲しいという感情が湧き出てきます。笑顔も同様に「楽しいから笑うのではない。笑うから楽しい」とも言えるのです。

その仕組みは、笑顔を作るときの顔の表情筋が動くことにあります。その動きが引き金になって「嬉しい、楽しい」という感情を導き出していると考えられています。あわよくば、気分が昂じて目の前のことが「大好き」となるかも知れません。しかも、この結びつきはかなり強いものなので、何かツラい状況でも笑顔を作ったことがきっかけで、気分がすっと楽になることもあるくらいです。これは笑顔が自分の脳の報酬系を活動させることで、このような効果が現れると考えられているものです。
日常の中で少しでも笑顔の機会を増やす。これは周囲のためでもありますが、実は自分のためでもあったのです。笑顔あふれる現場の心地よさはちゃんと脳まで届いているのです。

 

引用:エムスリーキャリア 「薬キャリ plus+」 枝川 義邦氏(早稲田大学研究戦略センター教授)