「このスラムに研修医を立たせたい①」
「多いと、外来に1日1500人!? 犬に噛まれた人も来るって!」
「えっ、えっ、この建物全部、結核病棟!! まだ、奥にも…」
「ここ、全部HIV患者!ですか…」
フィリピンはマニラ、感染症専門の国立サンラザロ病院、恐るべし。広大な敷地を案内してくれたフィリピンの女性医師たちと、僕は握手して別れた。
「また来てね」と社交辞令をもらったが、疲れ果てた僕には「もちろん、また来ます」と返すパワーもない。齊藤君は「昼にしましょうか」と、敷地内の食堂に連れて行ってくれる。昨日も寝ておらず、朝食もとっていないが、食欲は出ない。もともと、僕は昼をあまり食べない。外来とか内視鏡をやっていると食べそびれることが多く、自然とそうなった。それに比べて、齊藤君はなんでも食べる。院内食堂のランチ、肉野菜炒めとヌードルをガツガツいく。
「道端の屋台とか、マジおいしいんですよ。」
病院までの露天で見た白い豆腐のタホというジュースやココナッツミルクのジュースなどは格別らしい。外国で感染症をやる人は、胃腸が強くないとダメのようだ。僕はいちおう消化器専門医なのだが、ストレスに弱く胃薬をいつも飲んでいる。露店の食べものなど、僕にとっては超禁忌! お昼もビスケット(オレオ)を齊藤君におごってもらい、2つかじっただけでもう十分だった。
「先生、ファミリーメディスン(家庭医)詳しかったですよね」
「うん、まあ。ちょっと、カナダで勉強してきたけど」
「じゃあ、いまから行きましょうよ。スラム街にあるんですけど」
「うっ」
オレオが、胃から飛び出そうになった。あわてて、胃薬を探した。
僕らは車に乗り込んだ。
運転手のポールは四輪駆動の車のエンジンをかける前に、バックミラーにぶら下がる十字架を2回触った。後部座席に乗った僕もそれを眺めながら、仏教徒であるのにもかかわらず祈った。
<何も起こりませんように。無事帰れますように。アーメン>
ポールは、齊藤君が雇っているテクニシャンではあるのだが、夜はロー・スクールに通う学生でもある。陽気な巨漢で、四駆が小さくみえる。多分、コレステロールは300を超えているだろう。
病院の門を出ると、すぐに渋滞にはまった。
「人が湧き出てくるようですね。東京よりも多い。それも若い人ばかり」
N子が助手席の後ろ、僕の横に座っている。本当にひとひとひとひと……。
「この人たちはどこから来るのか?」
ポールに聞くと、ほとんどが田舎から出てきているらしい。
「なんで田舎から出てくるのか?」
「マニラが好きなんだよ」とポールは笑って言う。事前の「フィリピン学講座」では、プランテーション的な大地主の下での過酷な労働を逃れてとか、地方に仕事がないとか、部族的な問題とかと聞いていたが……。
ポールの答えが一番正しいのかもしれない。とにかく、マニラには、あちこちに地方出身者で形成されるスラムがあるらしい。サンラザロ病院も貧困層の住む地区のど真ん中にあるのだ。ちょっと危ない地域らしく、夜はひとりでは歩けない。
川沿いの橋のたもとで、ポールが車を停めた。
僕らは車から降りて、橋の真ん中まで歩く。ぐるりと360度見渡した後に、立ちすくんだ。N子も黙って、スマホを握ったまま遠くを見つめている。川沿いには小さな柱とも瓦礫とも言えるような木や金属の杭が立てられ、その上にトタンや木やビニールの屋根がのせられている。ひとつひとつは違法に無秩序に無造作に無計画に建てられているのだが、延々と続くその塊は、意思を持ち計画的につくられた巨大な構造物のように見える。
そこにはエネルギーがあり、生物、そう怪物のようにも見える。怪物が川辺に横たわっている。風が吹き、川面のごみが揺れ、砂が舞う。異臭とともに、いまにも起き上ってきそうな気配が漂っている。よく見ると、怪物の脇の下や目や口から、小さな人間が出入りしている。
若手医師と医学生のためのサイト Cadetto.jp 日経メディカル×DtoD総合メディカル より抜粋